彼岸法事のわたくし (住職 ホームページ作者)
●「葬式仏教」への考察


私なりの考え


葬式仏教と言われて久しくなります。誰が見ても考えても、葬式仏教である事は明白であります。日本に仏教を招来させたのは聖徳太子であることは有名な話です。「和を以って貴とし」太子は仏教の中にある、他を認め合う事を目的に治世をされました。
いま声高に「釈迦の仏教(釈尊の教え)と日本の現実の仏教は懸離れ、他を済度(サイド)する菩薩行(ボサツギョウ)が今のお寺の多くの住職に無い!」と叫ばれています。実際は菩薩の行を苦悩の末、放り投げた結論の祖師さんの宗教もあれば、黄塵無縁の生活を目的として社会の交わり避けひたすら自己の悟りの獲得を目的に権力者に断固謝絶し、赤貧の生活を説きひたすら自己の悟りを得るよう勧めたお祖師さんの宗教や、民衆の先頭に立ちほかの宗派の至らなさを説いて奮闘するお祖師さんもおられました。
オリジナルのお釈迦様のお教えが、これらのお教えと関わるのは、一体いつ頃、どの様に反映されているのでしょうか?

この指摘は釈尊(お釈迦様)の2400年ほど前の時代から突然、玄奘三蔵一行が経典を唐に持ち帰り、唐の都「長安」での政治と仏教の関わりの過程で独自の発展し、中国で為された仏教と儒教の融合、そこから発する先祖供養への重心の傾き、日本古来の自然崇拝(森や木をへの神聖感)から起こってきた先祖供養の期待と日本での仏教の発達経緯を、一気に飛び越えて荒唐無稽に、同じ風呂敷に入れて混同し広げる事によって起こる混乱を私たちは、関心を持って見極める冷静さが今必要です。

釈尊(お釈迦様)は解脱を求め、現世に生きる者への救済と方便を示されました。釈尊の教えは後年、北東アジアに起こった先祖供養・先祖崇拝である儒教と融合し中国土着の道教の3者が融合された形で平安時代に、日本仏教はその草創期を迎えることとなったのです。
現に中国に遣唐使として渡った「世界の歴史の中での天才(司馬遼太郎「空海の風景」)」空海(弘法大師)は既に師僧の碑文を書き葬儀まで執行した記述が有ります。空海は帰朝早々九州でも葬儀を請われ法事まで執行をしています。大阪大学名誉教授によると「日本の仏教は儒教70%、仏教20%、道教10%」と講演され「日本の仏教は平安の昔より葬式仏教であり先祖供養を執り行い、併せて菩提薩垂(菩薩)の他を利する衆生済度と救世利民を実行し、呪(マジナ)いの領域である、例えばおみくじ等の現世サービスが日本仏教であり、一言で葬式仏教批判を叫ぶ者は「頭と尻尾」しか知らない人々と断じておられました。

は、僧侶は依頼が有ればお仏壇に向き先祖の供養や、菩提を追善し、施主である皆様の安心を得ていただきく事が目的としております。その上で、良好なお寺と檀家様との関係が継続的に出来ればそれ以上のことは、多くの檀家さんも決して積極的に求めていないと拝察をいたします。それがこの国で営々と先祖を祭るシステムとして根付いてきた仏教という証であり、突然に釈尊のお教えの具現を要求されても、実行するのは要求した本人であり、覚者を目指す小乗のお教えはとても中国でも日本でも、精神のバックボーンにはなっても実生活には馴染めなかったような気がします 私も勉強不足で断定的な事を言っていますがお許し下さい

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