一願成就「徳親龍神様」

 縁   起

      今川義元公の亡霊

 今を去ること440年ほど前桶狭間合戦にて42歳で当地で没せられた今川義元公の魂魄が「白龍」に身を変化されて諸人の願いを叶えると言われ伝えられています。  今川義元公が上洛途上のこの地「桶狭間」にて織田信長公の奇襲に合い、戦死されました。
 まさかの戦没にその霊は浮かばれない亡霊となってこの地に漂い、毎年旧暦5月19日になると白馬の武将がこの地を駆けめぐりその姿を見事を口外するとなくなるという言い伝えがこの地に在ったそうです。現に境内には
「幽霊地蔵・おばけ地蔵」と言う江戸時代末期に建立されたお地蔵様まで在ります
今川義元公所蔵画   梶田 半古作(高徳院古戦場史料館所蔵)
この地に伝わる伝説
これは言い伝えですが明治半ばに、この地を通り過ぎた大工がたまたま今川義元公墓所の傍を通りかかると松食い虫で倒れた松の根本より白蛇が出てきたそうで、白馬の武将のことも考え会わせ恐ろしくなり人にその事を告げたところ三日三晩高熱にうなされ亡くなってしまったそうです。村人たちはその話を当寺の和尚に告げ何とか封じて欲しい旨を依頼されました.。
                                       
亡霊の追善と供養

加持祈祷の霊験を顕わして寺の奥地に三角池と言う池に封じ込められました。毎年三角池では旧暦5月19日には近郷の方々がより木刀、酒、ご飯、酒肴等を石に縛り付け沈めては供養し、お経を上げては毎年毎年供養のお勤めをておりました。その池は「お初池」とも言われ、お供えする為に炊いたご飯を「お初」と言い、そこから古い人は「お初池」とも呼んでいました。しかしながら昭和30年代、学校を造成するために、池は潰され現在は石原住宅という家々が建っております。その住宅街の中に一本の道があり、往時の池の土手道であり名残を留めております

お初池より当寺への勧請(迎入れ)
 その造成工事により「お初池」は埋め立てられる運命になりました。その事により、当寺がお初池から亡魂を勧請して供養をする事となり、境内の本堂正面南側に清水がこんこんと涌く池がありお祀りし直して毎年5月19日に供養が勤まるようになりました。                                    
昭和41年頃の龍神様お堂 昭和55年竣工 現在(2001.2.21)

霊験と御利益
ある日、知多半島の布土(ふっと)と言う場所からとても霊感の強い女性の方がお越しになられて、竜神堂に参詣されました。お参りは土間に座られてお参りすると、自然と体が宙に3度も浮き「安泰じゃ 安泰じゃ 我が身は400年間蛇身の身に苦しめられてきた この地にあって神とまつられ 安泰じゃ よって諸人の一願を叶え 鳥居を奉ぜよ」を神憑り状態になりそのお告げを申されたそうです。爾来、諸人の一願を叶えてくれる「一願成就徳親竜神」さまとして近郷より信仰を集めています。キット今川義元公の果たせなかった思いが白龍様に変化し、お堂にてお祀りされた事へのお喜びを諸人の願いを叶えるという形になったと思います

   御利益諸人の具体的な一願を叶えてくれる

       御祈祷料:3.000円です
         お名前と住所と生年月日と御祈祷内容を堂内宝前にて
         祈祷いたします(予約して下さい)

       約束事:1.一つのお願い事を願います。それも具体的に
        2.お願いが叶いましたらお礼の「鳥居」を上げて下さい

ご縁日:毎月十九日(及び一日十五日)