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名古屋の天気予報
-天気予報コム-

平成19年7月
平成19年度行事予定

■7/29      きゅうり加持大祭振替え受け付け
30日に迫った大祭の休日振替え受け付けを早朝より行なう。たくさんの方々がお見えになってくれたらと思っていましたがひっきりなしにお詣りを頂きました。お寺の世話人会方々のお手伝いを頂き何とか振替え受け付けを済ませる事が出来ました。

きゅうりの本数も多くまた人出も予想以上にご参詣を頂いた。明日は大祭日で朝4時起床が待っている。世話人会の方も殆どの方々がご出席下さり盛大に行なわれる。お接待係、食事係、ホウロク係り、朱印係り、受付け係り、特別祈祷係り等々と数えだしたり切りがない多くの人のお力添えでお祭りがなされる事に感謝を心より申し上げたい。

かき氷も予想以上の出足で2回も追加を出しまだ足らなかったほどであった。綿菓子も好評であり順調に終えられた事を明日に生かしたい。その最中にインターネットのサイトで知り合った方と突然であった。私が記録を残す為に境内の事務所にいると受付けのガラスを開けて「御朱印をお願いします」と言われた方がお見えであった。実は私もこの境内の受付けには普段は来ない関係で、何が何処にあるか殆ど忘れたというか、分からないのが実情である。「はい、いま係がいませんのでチョット待って下さい」と言い、自分が住職だから何とかしますというと「私はあのサイトで書き込みしている○○と言われた。

ぽかんとした私は先方を特定するのに少し時間がかかり、理解が進むと落ち着かない気分となった。いつも気楽に書き込みして時々、書き込みの応答をして下さる方が現実に前に立たれると筆を持つ手も震えてしまった。「あっちにいるお寺さんがここのお寺の住職さんと思っていました」と素直な感想を述べられ、いつも掲示板でご厚誼を頂く事にお礼を申し述べさせて頂いた。最後は握手をしてお別れしました。あぁビックリしました。明日の大祭日に他で知り合った方がお見えになったら、お祭りは大入り満員という事に落ち着くのでしょうね。明日はお天気が今日と同じようになれば暑い日ではあるけど、土用丑らしい日和になります。今宵は早めに休ませて頂きます。
■7/27      きゅうり加持の準備
今年度の事業計画できゅうり加持の準備をする日を迎えた。外部や看板類は大凡準備が終わったが細部に渡る準備や本堂、本坊、台所等の準備はこれからという所。20名ほどの方々にご参加頂き諸準備の殆どを済ませた。世話人さんの会の組織が各分担箇所を作り会場の設営をする。今日の名古屋は35℃の猛暑日。皆さん、イヤな顔一つ無く一生懸命にお手伝いを頂き心からお礼をもう述べたい。本当に有り難うございました。大祭当日は天気も心配ですが暑く無く、お詣りに適した日和としたいです。

夕刻、テレビ等で「歩き方の改善」で有名(今の所お名前は伏せます)となった方のお弟子さんに、檀家さんの健康増進を図る為に出張教授が出来ないかと相談をさせて頂いた。歩き方一つで肩こりも便秘も腰痛も、足の痛みも軽減できるという、私も半信半疑の健康法を人から勧められて、インストラクターの方にお越し願った。すこし運動を教えて頂いたが座っているだけでも充分に運動が出来る。「逆U字型」とはお婆さんが前屈みになり乳母車を引いている姿を指す、その前屈姿勢から健康を取り戻して明るく元気で居て欲しいというお寺からの健康志向の運動を教授頂き、世話人さんを始めとする会を催すつもり。あっ、間違っても私がお寺の施設を利用して健康教室を開くのではありません。逆にお寺が補助金を払ってお寺の関係する方達の健康を向上させていく事を考えての事。

明るく健康的なインストラクターさん、以前は色々な薬を飲み、腰痛、肩こり、種々の不定愁訴を訴え続けてきた自分から、たった歩き方一つでここまで健康になれたことをお話し頂いた。実年齢よりも10歳くらい若く見えてとても健康そうにお見受けした。上手くお話が進んで世話人さんやお檀家さんが健康で明るい毎日が送れたら幸いと思います。お話が進みますように・・・
■7/25      多武峰(とうのみね)の会
昨年、私が主催して多武峰の会と言う親睦会を発足させて会食会をした。一回限りの会のつもりであったが昨年のメンバーの中で受賞された方がお見えになり、メンバーの方から受賞記念の会食会を催す提言を受けた。この方は井形昭弘さんで有名な医学者でありスモン病の原因を突き止められた方でもある。また日本での尊厳死協会の理事長や大学の学長さんもお勤めになられている方である。

昨年のメンバーに加えて新たに私がお誘いした多岐の方々がご参集され、井形先生の受賞をお祝い申し上げました。私とは知己があっても他のメンバーとは面識はないのは当然だが、ご縁を結ぶという事で快くご参集下さった。日本での仏教スピリッチュアル医療の草分け的存在である飛騨千光寺住職大下大円師のお話は清々しさと共に医療現場での厳しさや素晴らしさをご紹介下さった。大下先生が教授をお勤めされる大学で、不思議なご縁だが、井形先生も今秋「スピリッチュアル医療と尊厳死」と題する講演をされるご予定、両先生も何かとご縁を喜んで頂いたようであった。会は盛り上がり、わたなべ内科クリニックの院長が「一年に二度この会を催しましょう」と言うと、当寺の顧問弁護士住田先生からは「今度開く時は友人一人を誘う事にしよう」とこれまた大乗り気のお話になった。私の古くからの恩人であり友人でもある真勝院山田僧正からも大賛成の言葉を頂く。まぁ、こうしてご縁が広がる事を望んでいた私の私的な会の目的は大いに達成され発展を遂げようとしているので私も賛成であるが、大人数になるのも如何かと思う。会に無理に参加して隅で黙っているメンバーが出てくるようにな姿を見るのも私はイヤだからあと多くても7〜8名程度を目処にしている。

所でこの「多武峰の会」のネーミングは私が付けました。ご存じ多武峰にある有名な神社、この神社は元お寺で廃仏毀釈で神社となった。その神社の名前は談山神社。中大兄皇子や藤原鎌足が蘇我入鹿を討つ為に謀議を計った場所として日本史では結構有名でな神社。

私はこの談山神社の談山と言う言葉から「お話が山ほどあって尽きぬ話題で盛り上がる会」との想いで当初は談山会をこの会のネーミングにしようと考えた。しかし読んで字のごとくの会では捻りも面白味もないのでその談山の地を示す「多武峰」を指し示し「多武峰の会」と命名しました。どうです、格好いい名前と少し鼻の穴を広げていますが・・・・・

昨年も今年もメンバー誰一、人私に「多武峰の会ってどんな意味?」と尋ねなかったので、会の終いの一席で、多武峰の会を尋ねられなかった一抹の寂しさを告げると「そんな意味があったんだ」と皆さん頷いて貰ったり「不思議に思っていた」とか何とか感想を述べて頂いた。次回の多武峰の会は来年2月くらいかな?次回の会にもう一人連れてくると言う事はまたまた面白そうな会になりそうだ。
■7/24      歯医者へ行く
先月、歯周病菌が奥歯の歯垢から見つかり顕微鏡で見せて貰った。尾籠な話しだが「これが私の口腔の実情?こんなにばい菌がいるの?」と考えさせられる現実を見せて貰った。「イヤまだ少ない方でしょ」と先生が仰られる。昔中学の頃、顕微鏡で池の水の中の水生生物を思い出した。歯周病菌をこのままにしておくとダメと相当に脅かされ、歯の磨き方や歯間ブラシの使用を勧められて昨日の再検査となった。

大凡、何事にも長続きしない私の歯の手入れは、歯間ブラシを求め私室の机と浴室の棚に置いて思い出したらブラシでシコシコするだけのいい加減なお手入れをしていた。歯磨きも朝にするだけで歯周病への留意は、風呂場と机の上のみであった。正直、歯医者さんから「ダメですね〜」と言われる事を覚悟して出かけた。出かけたら「時間間違いで後で来て下さい」と初めから不吉な予兆を感じる。用事を済ませて再度歯医者さんへ出かける。

口を開けて奥の方をガリガリと鋭い物でほじっているように感じられる。プレパラートの上に検体を載せて顕微鏡の上に載せてパソコンの画面らしき物が私にも見る事が出来る。目を疑うのだが何もいない。時々、それらしき姿を見る事が出来るが先月見た顕微鏡の映像とは全く違う。

「イヤ〜よく頑張りましたね、さすが!歯周病菌はほとんどいません。ほら先月と全然違うでしょ」と褒めて下さる。内心は「何も真面目に歯磨きをした覚えもない。楊枝代わりに歯間ブラシを使っていただけなのに・・・」を思いはしたが「ハイ頑張りました」と、でまかせを言ってしまった。「歯周病が進むと歯が抜けてしまいますのでこれからも大切にして下さいね」と言われて来年の私の誕生日にまた検診しましょうでお寺へ帰ってきた。似た他の経験もした事があった。ピロリ菌という胃潰瘍や胃ガンを発症させる菌も、出現していたのだが何もせずに消えた事もあった。まぁその日のコンディションも影響するのだろうが丈夫な体に育ててくれた両親に感謝したい。

皆さんも、一度歯医者さんへ行って検診をする事をお奨めします。私も丈夫と過信していたら10年後、入れ歯を考えなくてはならない事になっていたかも知れません。ある看護学の先生が本に書かれていた事を思い出しました。「人間、歯で物を噛んで飲み込んで栄養を吸収する事が、健康の秘訣」。良かったです、早めに実態を知り、健康を保持できて良かったです。歯が無かったらお粥をすすって軟らかい物を頂いて・・・・チョット寂しいですね。
■7/21 曇/晴      母を見舞う
母を見舞う。夕方母の所へ行く。ベッドで休んでいる母に「お母さん、来たよ」と言うとわかった様なわからない様な顔をして何となく安堵したような顔をしてくれた。

「お母さん、起きようか!?」っとたずねると「アウアウ」と分からないことをいう。「アウアウじゃ分からないよ」とアウアウの真似をすると「あははは」っと笑う。また真似をすると笑ってくれる。「お母さん、池のコイじゃあるまいし、口をパクパクでは、コイだな」とまた言うと「あははは」っと笑う。母を抱き起こして車椅子に乗せ娯楽室に行く。

冷たいものを買って母に飲ませていると他のお年寄りの方が見に来る。実は他の入所者の方に遠慮して誰もいない娯楽室で飲ませていたのだが。これに気がついた施設の方が大相撲のテレビをつけて下さったが、テレビにはあまり関心の無いようであった。

何を話をすると言う事も無いのだが・・・笑顔を見るとシッカリしていたころの母を思い出す。全力で子供を受け止めてくれた母はいつも笑っていた。メンソレータムしか顔に塗ることのしなかった母の顔はいつもピカピカ。笑っていつも色々なことを話してくれた。若いころの楽しかった事。辛くて惨めでお金が無くて困り果てたこと、質屋に生まれて初めて行った時の事、子供を道ずれに最悪のことを考えたこと、若かったころの夢と希望に満ちた娘時代のこと、色々なことを私が風呂から出てきて母のそばでいると必ず話してくれた。そして常々「嫁さんをもらったら大切してやってほしい」と言っていた。

本当に残念で残念で、母の顔を見ると悲しくてならない。本当に残念だ。元気でいれば毎日、孫やお参りの人たちと笑顔で過ごせて、皆から大切にしてもらえる人なのに。

私にできることは、母を見舞って手を握り黙って母のそばでいてあげる事だけだ。それ以上の事ができないけど、母には一日も長く生きていてもらって私と同じ空気を吸って貰えさえすれば私は幸せだ。それだけ。
■7/18      不調
月初めからずーーっと睡眠が長続きしない不調に陥っています。心当たりはあるのですが睡眠時間が極端に少なく夜間に目がぱちくりしてそのまま朝を迎えております。この間も夕食後、眠くて眠くて堪らないほど眠い。お風呂に急ぎ入って9時半頃に就床した。グッスリ寝て目が覚める。外を見ると何となく明るい。時計を見ると11時過ぎ。あれ?たった2時間しか寝ていない事に気が付く。何度もふとんの中で寝返りを打つ。仕方なくパソコンを触っていると朝を迎えそのままお勤めに出る。

昼中は午後3時頃から睡魔に襲われる。夕食の頃は何とかしてご飯を頂くのだがもうこの頃から眠い。眠いからすぐ寝ると暫くすると目が覚めて寝られない。この繰り返しをこの3週間弱続いている。不眠とはこんなに辛いと思っていもいなかった。若い頃には板の間でも寝てしまう、短時間でパット目が覚めて体が軽くなり疲れも吹っ飛んでしまう。今はもう老境なのか?

夜の散歩にも眠くて出鼻をくじかれる。追い打ちのように雨が降り込む。最悪である。晴れ間は出ないし・・・元気衰退、何とかせにゃならない。明日、電話して診察に行くつもりだ。母の見舞いにも行きたいのだが気力も沸かない。早く何とかせにゃ、多忙の夏が目の前に迫っている。暫く休みたいが、休めない自分にイライラしています。すいません、愚痴りました。皆様もお気を付け下さい。
■7/16 晴れ      キュウリ加持祈祷会打合せ会
午後3時より打ち合わせ会を行う。会議が始まる前に大型テレビで4年前の様子を写すDVDを皆で眺める。例年と同じような内容であり各自の持ち場や集合時間、仕事の手順や内容を打ち合わせして会議を終える。

やっと晴れた二日間であったが今また雷を伴った雨がこのパソコンを繰る窓の外では激しく降っている。長野県では震度6.5の地震があり大変な災害をもたらしている。梅雨の大雨で九州は災害を受け、やっと得た晴れ間の下での地震。被災の方々の事を、この激しい雨音を聞きながら思うと、夜はとても長く感じられておられると思う。

何事も体が丈夫であってこそ復旧も立ち直りもその緒に就けるので、健康にだけはご留意頂いて一日も早い復旧の望むばかりだ。
■7/14      台風4号接近
7月に台風も珍しいと思います。九州・沖縄では大変な災害が発生している。毎年九州ではこの時期大雨による大災害が発生し泥だらけになっている報道を相当以前からテレビ等で放映されている。九州での災害と言えば昔は炭坑の粉塵爆発による大災害が本当に多かった。落盤事故も目を覆うような記憶がある。そして最近では大水害が発生してこれまた悲惨そのものです。台風の直撃を受けやすい九州四国地方は山や川も多く地形上、どうしても災害がでやすいのでしょう。

しかし晴れないので気分も大分滅入っています。明るく朗らかな事が好きな私ですので来る日も来る日も雨には本当に閉口です。北欧へ行くと(行った事はありませんが)冬季鬱病という名前の病気があるそうです。日照時間が少なくなると気分が落ち込みやすくなり、特に北欧では顕著に気分の病が出やすいとか。夏の暑い日に元気に太陽に向いて花を咲かせるヒマワリは元気溌剌で私は好きです。黄色い色も私は好きです。やはりお陽様は大切ですね。

台風一過、スカッと晴れた一日をプレゼントして欲しい物です、この梅雨空に。

「梅雨空に 咲いて明るし 桐の花」 
■7/11      続 よく降る雨
早朝よりキュウリ加持祈祷会に参拝記念の団扇に裏にお寺にちなんだ文字を筆で書いた。今日までで約2500枚の数だ。あと1500枚ある。気持をこめて色々な文字を書く。

午後よりパソコンのネットワークの調子が悪く手を替え品をかえて調整するのだが・・・結局、ネットワーク専門の方に来ていただいて診て頂いた所、7年も使ったパソコンに問題があることが判明した。歳にはかないませんねと言って色々と要望を述べて新調することとなった。

パソコンは大変便利だが、一つけつまずくとうまく機能しなくなる。ワードやエクセル、他のソフト自体は問題ないのだがネットワークだけの問題である。まぁ、あきらめました。

明日こそ少しでもいいから晴れ間を見たいものです。ここのところ毎日雨で気持ちにまでカビが生えそうになってきています。伸びきった庭木の枝も刈り込み色々と手を入れて夏らしく小ざっぱりとしておきたいです。明日こそ、晴れてください。
■7/10      よく降る雨
本日一日はお休みをした。しっかり休んだので体が楽になった。昨夜友人と、フォークソングを歌うお店に行こうと言う事になり出かける。

1960年代の懐かしい歌を生で聞かせてくださるわたし好みの場所であった。こういう場所は初めてで少々殺風景な雰囲気でもありまた、開店して数日とぎこちなさが新鮮にも思えた。「白い花は恋人の色」「真夜中のギター」「夢の中へ」等々私たちの青春の頃の幾つかの曲を聴いて気持ちも軽やかになった。そしてゆっくりと休む事が出来ましたが夜中に葬儀の電話が入り打ち合わせをさせていただいた。

先月は高野山へ3回お参りに参じた。今月はまだ一度もお参りに出掛けることができていない。心に穴が空いているよで早くお参りに出掛けたい。奥の院で瞑目しながらお勤めをする。何のために?何故?色々な事が思い浮かびはするがお参りに出掛けて心静かに自問自答できるところがあるだけ本当に幸せです。近々に参詣の予定です。

雨続きで色々な仕事が途中で止まっています。少しだけ晴れ間がほしいですが九州では大変な豪雨となり、毎年のことながらお気の毒です。風雨順次と言いますが穏やかに一年を過ごしたいです。
■7/8 晴/曇      
日曜の予定で忙しくしてた。

午後より自宅を教会として弘法大師様のお教えを説いて数十年、一般のお寺よりも栄えていた方のおうちへ依頼があって伺って仏具等を引き取らせていただいた。実はこのお家のご主人が出家得道して僧侶になられ、ご自宅をお寺にされたのだった。お母様も熱心な弘法大師様の信者で親子お二人で教会を護持されていた。そのお母様もご本人も既に亡くなり私どもがお参りのお世話をさせていただいていた。

本格的なお寺の仏具や法衣が多く当時でもお祭りしたり利用できるものがあれば利用させていただいたほうがご先祖も喜ぶと思い今日の日を迎えた。法事等が落ち着く午後2時ごろ現地集合として、お寺の僧侶全員が集まった。お経の後、壇を外し種々仏具をも車に乗せる事、一時間。大凡の搬出も完了して三台の車でお寺へ帰寺した。早速お寺で幾つもの仏具や法衣を利用させていただく運びとなっている。

ただ、お寺へ帰ってその量のすごさに驚くばかりであった。もう少し書き足したいのですが眠くて仕方ないので暫くパソコンの前から離れます。おやすみなさい。
■7/7 曇/晴      横浜より帰寺 
名古屋にご在住で会った名古屋市立大学元某学部長さんのお盆に横浜まで、お参り供養に出掛けさせていただいた。毎年お盆と祥月命日には必ずお越しいただきご回向をとお願いされての事。

新横浜近辺は大工事も終わり駅構内を除いてきれいに外観ができ終わっていた。今を去ること30年ほど前は本当に田圃と畑が目立つ片田舎であったが、今では見違えるばかりの大都会となった。プリウスという車を借りてご自宅へ向かい一時間ほどのご回向ののち「鉢の木」と言うお料理屋さんでお食事を頂いた。お子様方がこの度、ご尊父様のご生前を出版され一冊頂いた。以前はコピーでの原稿資料程度のものであったが今回は立派に製本された小冊子になっていた。色々とお話がはずみ気がついたら午後も3時近くなっていた。辞去を告げて新横浜まで帰る。往きは横横道路を通って行ったのだが帰りは横浜新道と言う違う道をカーナビは指示したのでそれに従ったが往きの倍以上の時間がかかってしまた。

新横浜前でカフェに入り新幹線の予約を携帯電話で行う。聞けば新しがりに聞こえるが無料グレードアップも出来るし座席の指定もでき挙句には、変更もきく便利なサイト。パチパチ行って新幹線に乗る。往路復路も2/3はグーグーと寝ていてばっかりでした。よく寝られると自分でも思うほどよく寝られる。名古屋で友人と落ち合い会食後お寺へ帰寺する。明日は多忙な予定となっている。早く休ませてもらい明日に備えたい。

お盆も、キュウリ祭りも足音が本当に聞こえるほどに間近となってきたし、自分が追われているのも実感できる。では今晩はこれにてお休みさせていただきます。
■7/4      梅雨らしい一日 
一日中雨が降る。環境班の4名が境内を清掃するが雨が降ったり止んだりでは仕事も捗らない。清掃車の不調を訴えて業者の方に来て頂いた。オーバーホールを勧められ見積もりを頂くと60万円くらいになり如何なモノかと環境班に相談すると「俺たちで直してみる」と言われ元エンジニアさんや土木の専門家達がゴソゴソと修理を始めた。お詣りから帰ると清掃車に乗って掃除をしている姿を見ると頼もしくも見えた。

先日増設した赤外線侵入警報装置がその威力を今朝未明、午前4時過ぎに、発揮してくれた。まず、先日増設した駐車場外周からの侵入警報が発報して第一回の非常ベルが鳴った。暫くすると境内へ通じる山道の警報、内周警報が鳴り始める。これで外周から内周へと境内への侵入が確実となった。夜勤者と私は警備車両及び原付バイクで山内及び境内を巡回すると若い男が一人、神妙に本堂前で手を合わせていた。疑う訳ではないが、お詣りで来られたのならワザワザ、人目に付かない山中から本堂裏を通じて、薄暗い境内には来ない。少なくとも山門脇から参詣するのなら辻褄が合う。

まぁ、早朝から警報はなったがこれで早期侵入警戒と、隙のない警備が整っている事を知らしめて今後の保安に大いに自信が湧いた。費用は多額の経費を要したが参詣人の方々やお寺の保安も考えて大いに安心を得る事が出来た。読者の方はチョッっと過剰と思われるかも知れない。お寺の境内は1万坪もあり事件事故があっても余程の事がないと外には発見されにくい。或る意味大変危険でもあります。

お寺にはこの警報の他にも、百円ライターの炎でサイレンが鳴る設備も設置されています。建物が多く火災で焼失する事を考えた時、火災や炎の検知器設置のコストを考えると導入せざるを得ない。何事も管理する事の重要性を今朝、改めてその威力に感謝した。しかし物騒な世の中である。何事も他山の石とせずに自分の事として日々を送りたい。
■7/2      遠方より帰寺する  
とある記念旅行に出掛けてきた。少々遠方でありお寺を気にしながらの旅行。天候に恵まれて久々の長期旅行であった。

午前9時より観光協会の方たちから先日の古戦場祭の挨拶を頂いた。役所の方もお見えでお話も弾んだ。10時より愛知葬祭会長さんと大学病院へ出かけて相談ごとを終わらせて帰寺する。

午後より事務仕事や初盆の調整、書類の整理をして一日を終える。一週間ほどお寺を空けると気持ちの上で切り替えが上手くできたような気がする。しかしお盆のころの時間調整は大変である。今から頭を悩ませる。