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平成21年12月分

非営利斎場「六波羅蜜会堂」の動画です
 ご覧下さい

■12/29 晴れ     高野山参詣    
高野山へ参詣。先ずは御廟へお参りをする。お寺さんのご家族でしょうか?小さなお子さんお二人をお連れして家族4人でお参りをされていおられました。小さな手を合わせて「南無大師遍照金剛」とお経を上げられ、微笑ましくそして感心してご家族を眺めていました。既にお経も終わりの頃でそのご家族と入れ替わりに私は何時ものようにお経を上げさせて頂いた。清々しい気持ちと心豊かな気分で灯籠堂を後にした。

その後お花を求めて奥の院の納骨堂へ参詣をした。少し時間が空いてしまったので結構汚れていた。始末の悪い事に雪が降って凍てついて中々ゴミが取れない。ゴム手袋をして水を何度も掛けてぞうきんで擦っても中々落ちない。半ばあきらめ、大凡をきれいにして後読経を為して回向を終える。近年、高野山は世界遺産に登録され多くの外国の方々がお見えになる。今日も奥の院の当時納骨堂で読経しているとトンでもないところから外国のご家族が三人、森林の中からノシノシと歩いて出てこられた。

こちらもビックリして目と目が合う。まるで北欧の森でサンタにに出くわしたような気分であった。読経する姿が珍しいのか、じっとこちらを眺めている。視線を感じる。遠慮したのか近くまで寄って来られたのだが別の道へ避けられた。子供さんが私の後ろに来て少し眺めて親の後を追ったみたいであった。

何時もお世話になる食堂で遅めのお昼を取り直ぐにお寺へ向かう。夕刻5時の待ち合わせがあり帰路を急ぐ。実は昨日、高野山に到着したのだが17:00の到着となり辺りは薄暗く掃除どころではなかった。和歌山市内で一泊後再度高野山へ向かい今日のお参りとなった。年のせいか日帰りがきつくなってきている。もう少しで又一つ、歳をとる。若くはなれないので無理をしないようにしているが、無理をしないとこの世を過ごす事も出来ない。難しい物である。
■12/27 晴れ     布施端羅蜜   
毎日が飛ぶように過ぎてゆきます。年末の準備、葬儀が続くなか星祭の準備を終えました。到底渡し一人の作業では追いつく筈のない事柄ばかり。気ばかりが焦る毎日です。

私が若いころに大変お世話になり、心の恩人と思っていた方がお亡くなりになり私が葬儀をさせていただいた。近年、御不調と伺ってはいまいしまた本当にお元気なときにお会いしたかったです。彼は地元のために大変に陰徳を積み多くの業績を残されました。私も二十歳の頃、亡父に紹介を受けて大変にお世話になった方でした。お参りにお邪魔させていただいてはさまざまなお話や相談事を聞いて頂いたことを今更ながらに思い出します。

私はもう既に忘れてしまったのですが昨日の葬儀で奥様が私に告げられました。「数年前にあなたのご紹介で夫婦揃って不老会(医学部での解剖実習のために献体する会)に入りました。○○大学の医学部の解剖慰霊祭に案内されて住職のお経を聞きました。この度は違う大学の献体となりましたが大変良かった。」っと。私がそのような事を言ったのか? 完全に忘れていました。しかし私の紹介で慰霊祭にまで生前列席までしたことを伺うと話のつじつまが合います。とても決心の要る事ですがご夫婦揃って献体の意思を示されたことは本当にすごい事と拝察いたしました。

布施波羅蜜は与える気持ちと受ける気持ち、そして品自体が清浄でないと布施は成立しないと言う。、お母さんのお乳を受ける子供と与える母の思い、そして清浄なるお乳。医学に貢献しようとする気持ち、ご遺体を受けて解剖実習の感謝の気持ち、何物にも代え難いご遺体の提供、この気持ちの成立により布施という本来の形が成り立つ。仏教には先祖崇拝と言う今は主流になっているが、本来主流である布施の気持ち、布施波羅蜜をご体現されての昨日の葬儀。献体を進めた私自身が一番驚かされました。

献体の葬儀は私自身は何百と葬儀をさせていただいた。えぇぇ?っと驚かれるかもしれませんがある医科大学の創立以来、当寺は慰霊祭やここの葬儀を執行させていただいた。医学部教学局のお世話で身寄りや親族のいない方々の葬儀も数知れないほどお世話させていただいた。私が若かりし頃に親身になって私の事をご心配いただいた方が献体されご成願された事を本当に敬服するしだいです。奥様が大変喜んで私の手を握り「ありがとう」と言われました。ご主人の分まで元気で長生きしていただきたいものです。
■12/23 祭日    天皇陛下御誕生日     
毎日が気ぜわしく過ぎて行きます。街に出ると国旗が建っていた。今日は天皇陛下御誕生日でありました。

今年の秋口、残暑の頃に髭剃りに付帯しているバリカンを誤使用して右手人差し指の内側をガリガリと削ってしまった。そのうちに治るだろうと思っていた。ガリガリと削ってしまった傷口は一旦治るように見えて直りが悪く、今は慢性的なアカギレとなっている。ヤフーの知恵袋で対処の方法を見ていたらメンソ○ータムを付けると良くなるというので早速買い求めてアカギレに試した。結果は少し良くなった。

折角だからお薬を顔にも塗った。塗ってハタと子供の頃に母につけて貰ったメンソレの香りを懐かしくも思い出した。本当に懐かしかった。母もアカギレを何度となく悩まされていてその度にメンソレをつけていた。贅沢を全くしなかった母はそのメンソレを顔にもつけてピカピカの顔をして私にも「塗ってご覧」と良く勧めてくれた。私は子供で元気で、そんなモノ塗ったらヌルヌルになる事が嫌で少しだけ塗ったふりをして目も開けられない香りに目をパチクリとした覚えであった。

私もあの頃の母の年格好になったんだな〜とため息と共に母の思いに、何とはなく過ぎ去った年月に思いを馳せた。よく働いた母であり辛抱も努力も笑顔も何もかもが頑張り屋で、素敵だった母の香りはメンソレと日本手ぬぐいに染み付いた汗の臭いだけだった。暫く母を見舞っていない。心の中で「お母さん、ご免なさい」と何時も思っているのだがメンソレに今日は説教された天皇御誕生日でした。
■12/20       寒く多忙な一日
多忙で一日を終えた。暫く備忘録を休んでしまった。毎日色々な事があり頭を悩ませる事も忍び寄ってきて新たな現時問題となって再び私を悩ませる。その事は仕方ない事・・

昨年より薪ストーブを台所及び庫裏に設置して暖かく過ごしている。薪の良さは普通の暖房に比べて暖かさに潤いと穏やかさが有るように思えます。これは大変贅沢な事です。欠点は、すぐに暖まらない事、薪を切り、割って積んで運び、灰と煙突掃除が欠かせない事です。この労をも厭わない程に薪ストーブの恩恵をこうむっています。

能力の大きい台所の温風を先月よりダクトで応接間、寺務所内、トイレに吸引して暖房効果を実感しております。日がな一日、薪を焚いているわけですがこの余熱をあちこちに分配して暖をとっております。また薪ストーブの上は色々な煮炊きが出来て大変重宝しております。

師走も半ばを過ぎ、余すところ今年も11日。師走の準備も大掃除もおおかた終わりました。後は星祭りの案内状や種々の案内状の発送をするのみです。今年は年賀状も既に出来上がりました。少し工夫した年賀状が出来ました。日本郵便のhpで知ったのですがQRコードを年賀状に貼り付けて声の出る年賀状を作成しました。ちょっと分かりにくいと思いますが日本郵便のhpへ自分用のバーコードみたいな記号を作りメールでその記号を取得します。後は指定された電話番号に電話して30秒以内に年頭の挨拶を録音して登録します。

年賀状を貰った方は携帯電話のLifeKItでバーコードを読み込むと私の声で「あけまして・・・」と声が出る仕掛けです。ちょっと早いですがQRコードを貼り付けますのでご試聴下さい。チョコッと自慢しちゃいますね。私の声を始めて聞かれる方はだみ声でどうもすいません。【ご注意】携帯電話の通話料やパケット通信料が発生します。