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平成18年3月分

■3/31       高野山参詣
突然であったが高野山に参詣した。昨日夕方にお寺を出た。雪の重みでお墓の上に杉の木々が落ち雪と氷でお墓は大変汚れていた。今月2日にもお詣りに出掛けてきたがその時は凍っていた。奥の院に到着後、御廟へのお詣りを済ませてお墓に向った。

奥の院の中央にあるお墓の場所は日の照る時間が少なく参道も墓所も雪が多かった。持参した熊手で雪を掻きだし大凡の木々をはき出すと、エンジンブロアーを始動させて細かい木々や落ち葉を吹き飛ばす作業を為した。サッパリしたお墓は見ても清々しく見えた。お詣りを済ませて帰路を急ぐ。

途中、鈴鹿の枝垂れ桜の苗場に出掛けた。一昨年より一目惚れして目星を付けていた枝垂れ桜は無かった。農園主に電話をすると現場へ来てくださった。「あの大木の枝垂れ桜は何処へ行ったのですか?」っと尋ねると「杜氏さんへ行きました」と返事が返ってきた。「何処の杜氏さんですか」っと尋ねると「何処の?っと言われますと??」
話しがややこしくなってきたので詳しく尋ねなおすと何と「京都の東寺、教王護国寺」へ行ったという。私も随分、大きな物を考えていたと自分でも嬉しいやら悲しいやらであった。

東寺と言えば京都の名刹中の名刹。キッと東寺さんも名所を作りたかったのは、私と同じ気持ちだったんだと想うと、寺が小さくても大きくても志を持つ事が如何に大切かを感じた。他にも大木の枝垂れ桜も見せて頂き他の苗場にもご案内頂き数本を買求する旨を告げて失礼をした。来年の満開の桜の姿を夢見て今から準備を始める。
■3/27       暖かい日中
毎年、彼岸会が終わるとお寺も静かになる。今日もお詣りは少しであり住職代理さんが全部お詣りをして頂いた。午前中は境内や庫裏からの可燃物を清掃センターへ持ち込み処分をする。

「お昼はどうしましょう?」と家内が私に聞いた。「今日は天気が良いし外で頂く事にしようか」と返事をすると「何処で?」とまた聞かれた。春休みで家にいる子供達と食事をしようという事になり急遽、海の見える場所で食物を持参してピクニックに出掛ける事となった。子供達が小さかった頃は時折お寺の山や縁側の日の当たる場所を見つけてお昼を食べたのだが、久し振りに楽しい思いをした。

場所は南知多の豊浜、道路沿いで、神社が向かいにある防波堤前の駐車場に車を止めて早速準備をした。この近くにある「魚市場」で500円で甘エビを求め食材も少し豊富になった。ガスコンロの上のフライパンからは美味しそうな臭いがしてきた。イスの代りに座った発泡スチロールが割れて私は魔法瓶の上に腰掛ける。家内はお水の入った段ボールの上に座る。子供二人はイスに座る。ともかく、風のない暖かいお昼、波の音を聞きながら「昔はここで凧揚げしたね」「あそこでシャコを食べたな」なんてお話ししながら家族でそんなに昔でもない頃の事を、懐かしく話しながら食事をして日向ぼっこをしていた。

私が「さあ帰ろう」と片づけを促すとお寺から葬儀の電話が入る。急いでお寺に戻り住職代理と打合せをする。私の子供の頃も同じようにお寺の予定は全くたたないのが現実です。でも、一時のこの時間は私の春の思い出の一つとなりました。
■3/26       暖かい穏やかな日
法事は午前中に一件あったのみ、お彼岸も済んでいるので何をすることも無くすごす。除草剤を散布するのにノズルが古くなっていたので郊外のホームセンターへ出かけた。大規模な件の店は何でそろっている。薬から食料品、日用雑貨、建設資材、ともかく何でもそろっていた。

当寺の周りには大規模な郊外店が多く、あんなに沢山建設して大丈夫かと思うほどにある。一昔なら大規模だといえるお店も今では中規模のスーパーとなってしまった。ついこの間、開店した全国規模のスーパー、もう来月からは家電量販店が撤退をするという。このお店は駅と駅前再開発で立派に竣工したのだが・・・ともかく私のお寺の半径5キロほどには大規模なお店が沢山ある。私は買い物をするのに便利だが運営されるほうは大変だと思う。

久し振り、本当に日曜に買い物に行くなんて久し振りであったが、駐車場に車が溢れ、近隣は交通渋滞であった。所でついでにお花も買ってきた。昨年の植木鉢を洗い雑草を取り除き肥やしを混ぜて花の咲くのを楽しみにしたい。お寺の桜も今にも蕾を開いて咲きそうであります。桜のレポートはこの備忘録でご報告させていただきます。
■3/21       彼岸法会の日
朝からお詣りがあり気もそぞろであった。9時からは月並み法会のなな月参りがあり11時からは彼岸会を執行し800個のぼた餅の接待をする。日は差しても本堂に入れない方々の事を想うと辛く想う。

今年大型ストーブを求めた。一台で75畳程の暖房を一気に可能とさせる大型ストーブ2台を本堂脇に設置して暖を取って頂いた。首がグルリグルリとまわり遠赤外線での熱でかなり遠くまで暖まるが、寒いには変わりない。

彼岸会では沢山の戒名を読み上げ、20分程で読み上げを終了。大凡40分程の法要を終えて塔婆をお渡しして半分くらいの方は墓参に出掛けられた。お墓が当寺にない方は客殿にてぼた餅のお接待を受けられる。20名程の女性世話人会のお手伝いで大変スムーズに運営された。暫くすると墓参を終えた人達がお越しになられお接待は午後一時頃まで続いたが順調であった。お世話人さんと来月、懇親会を当寺で開く事を告げて解散する。

夕刻まで彼岸会の事務整理はかかった。既に一年の1/4が過ぎてしまった。あと数日で桜も満開となる。皆さん、是非お詣り下さい。ウグイスが鳴き枝垂れ桜が春を教えてくれます。

遠赤外線の石油暖房 首を振りとても暖かいです
法話をする私              熱心に聞いて頂きました
本堂内部 お塔婆の授受
台所もてんてこ舞いでした ぼた餅 美味しかった??
■3/19       連日強風の日が続く
朝一番にウグイスの声を聞く。「ホ〜 ホケキョウ」っと初々しい声で鳴いていた。梅が白く咲き本堂の回りには、白い朝もやの中にウグイスの声。梅の香りが何とも言えない。春が来た瞬間だった。

一日中、お詣り等があり忙しく一日を終える。法事をする時に何回忌かなと年忌の数字を見るが「ええもうこんな年忌になるの?」と想うように人の法事は早く感じる。

午後より明日の彼岸の打合せ。一日をバタバタして終える。最近ひょんな拍子から起床の折りに不調が続く。体を少し整えなければならない。忘れないように腕立て伏せと腹筋を朝夕に行ない体調の良いはずなのだが・・
■3/18       雨の一日     
木の芽おこしの雨というのでしょう、一日中雨でした。木の芽を芽吹かせる雨なのでシトシトと降ったり一時ザーッと降ったりの一日。この頃の嵐は「春を呼ぶ嵐」と言う呼び方がされている。春という名前が付いているだけでも世間からは風当たりが少ない。良いネーミングのお陰でしょうか

お寺では彼岸塔婆の準備や回向証の書き出し、受け付け用の申込み控えの準備等で色々と忙しい。その最中にお寺のシステムの不備があったのでしょうか少し調子が悪くなり開発元の協力で修復ができた。コンピューターの協力無しでは社会が動かないのは事実ですが、やはり基本は素材となる文書の管理を徹底する事がコンピューターを上手くコントロールできる基本とつくづく思い知らされました。

入力されたデーターを整理したり、書き出したりする事は、人の労力に置き換えると、途方もない面倒な作業となる。これをパソコンで整理整頓して人の使いやすいようにしてくれるパソコンはとても重宝。頭のいい人がいた物だ。しかし基本は「紙」に残して置く事が一番だ。
■3/16 雨/嵐       不安定な天気     
午前中に葬儀。午後は高速道路を間違えて渋滞を避けたつもりが突入してしまい酷い目に遭いました。考え事をしながら運転をしていた。気が付いたら自坊方面の一本手前の入り口に入ってしまい延々と続く渋滞に、ご丁寧に一番後ろについてしまった。悔しいのと歳をとった事に辛さを感じた。延々と続く渋滞の高速道路。逃げるところも無く一番近いICで降りてUターンをして帰寺する。
「今日は何だか調子が悪いので気を付けよう」と自分で念じて慎重に車を走らせた。色々と難しい事も起こるが平常心で何事も向かう積もりだ。

今外では嵐の風雨が吹き荒れている。暫らく新聞もテレビも見ていないので何が何だか判らない。春の嵐・・・今宵は早く休ませて頂くこととする。

楽しい事や思い出すと噴出すような事が多いのに全部忘れてしまい思い出す事は心配事ばかり。若い頃は愉しい事を探していたが今は、先々の心配や現実の充実を図っている。既に姿勢が違っているのだろう。

「青年の失敗は国を滅ぼさない、しかし老人の失敗は国を滅ぼす」ドイツの宰相ビスマルクの金言と記憶している。経験をつみある程度実績を積むと、他人は振り向きその言葉を信じてしまう。自分の言葉や行動に一層配慮が必要となる。老人は転ぶと寝込むという。転ばぬ道を今から見定めておかなくては・・・。
■3/14       寒い一日      
忙しい一日であった。午前中月例会議。議題は先月の反省、今月のお彼岸の準備と対応、春の山火事の注意、除草の進め方等色々であった。午前中お詣りを済ませ午後より境内清掃の人達と山中でゴミ集積の為の仮設テントを作る。私は落ち葉の山をユンボで土と混ぜて肥料化させる作業をする。

午後7時より評議委員会。その頃一本の電話がありその対応で一時間も私の時間が拘束され評議委員会が遅れ大変皆さんに迷惑をお掛けした。40分遅れの会議が始り午後9時半頃終了する。穏やかな審議をすませ4月某日評議委員会及び他の男性女性の世話人会の合同懇親会を開催する運びとなった。「春陽一刻値千金の頃と少し時期が外れるが一杯飲みましょう」と私の提案に皆さん賛意を頂いた。有り難かった。

会議中に二件の葬儀の連絡が入り二名の僧侶が会議半ばに退席をする。私も会議後枕経に走り忙しい一日終える。
■3/12 雨/曇       
午前中、市老人連合会の慰霊法要を六波羅蜜会堂にて執行する。大勢の方がお見えになった。昨年は所用で欠席をして始めてお参りをさせていただく。お経を終え暫らくご挨拶をさせていただいて次のお参りに向かう。

午後よりは来客の後、六波羅蜜会堂にての紹介DVDの撮影に入る。簡単に思っていたが映像で紹介する事は大変な労力がいる事を始めて知る。色々協力を頂ける人達に集まっていただいても話をまとめるのが大変であり振り出しに戻ったようだ。
もう一度企画の練り直しを余儀なくされた。色々なご忠告や助言を頂き感謝する。他にも些細な事の後始末も有り少しへこんだ気持ちになっているが明日は朝から全開の積もり。明朝は寒いらしい。
■3/11       暖かい一日      
任天堂DSと言う面白いゲーム機がある。ゲーム機と言っても子供のオモチャではなく大人も楽しめる事のできるゲーム機です。以前にも少し書きましたが頭の良い方が開発したソフトウエアーを履修するソフト。ソフトも色々あって脳を鍛えるものから英語のリスニングや書取を恰も先生がいて指導して貰えるような品もある。

最初はパソコンに「英語漬け」と言うソフトを入れた。キーボードからヒヤリングしたセンテンスをパチパチ入力する。スペルを間違えるとズズzっと音がする。同じ単語の間違えが酷いと特訓モードに変換され何度でも同じスペルを打つ事ができる。紙に書く事ができてもキーボードで入力する事は頭の切り替えが少し不慣れとなってよく間違える。

そこで新たに任天堂DSに同じソフトで挑戦する。隣の白紙のスペースに専用ペンでなぞるとチャンと認識をする。日本語でもローマ字でも。声も出るし私の声も認識する。きっとこのゲーム機は他のソフトもいっぱいあると思う。使っていて思う事だが文字の認識が素早いという事は文字を見て判断をする計算能力がずば抜けて早くなければ、ゲームでは使い物にはならない。改めて遊びの裏にある人知れない努力を評価したい。

成績というと英語は人並みであるのだが、記憶とか文字合成で一つの漢字を作るゲーム、神経衰弱版の数字と場所当、漢字を記憶しての書き出しでは老化の進んだ私には全く歯が立たない。暫く無駄とも言えるゲームへの挑戦を続ける事にする。あ〜ぁ、また目を悪くする事をしている。
■3/9 晴/曇       
稲荷社の修繕をする。昭和54年に修理したのだが毎朝お参りに行き日が昇るのが早くなり始めて痛んでいるところが目立ち始めた。小修繕を施し土曜日には完了の予定。

午前葬儀、携帯電話の機種変更を再度した。やはり以前からの機種の方が親しみが有りオークションで安く求めた。手のひらに戻ってきた携帯電話。色々と設定を施す。

午後よりお参り大好き先生の法事をする。お参りのお話やご尊父先生のお話を交えて世間話に花が咲いた。電気屋さん、水道屋さん、色々とお越しになりバタバタと一日を終える。
■3/5       暖かい一日
ホームページの更新したページを(本ページ)を眺めたら、サーバーにアップしていなかった。だんだんボケ始めている。

穏やかなピアノの曲を流してこの備忘録を眺めてもらうようにチョビッっと手を加えました。この所、hpの手入れをサボっていたのでカウントが以前より落ち始めました。と言う事はダメという事かな。最近思うのですが宗教は懺悔というか反省から出発してる事、スタートラインのきっかけは反省なんだと思うこの頃です。そして続ける事を為し、真似を繰り返しだんだんと本物というか、知らず知らずの内に色々な物が整うもんだと思っています。

ウグイスも寒い最中は竹ヤブで鳴き声の練習をしております。ツクツクボウシも蝉も最初の頃は下手くそですが真夏になると上手に大声で夜中でも鳴いている。春ですね、夏ですねと季節を告げる鳴き声も継続と真似と心がけで上手くなるんでしょう。反省も継続も心がけもなければ蝉に笑われそうです。
■3/4       寒い朝と暖かい日中
朝はともかく寒かった。朝お勤めをして境内に出ると寒く感じる。堂内は寒いのであろうがあまり寒くは感じない。毎朝お参りをしていると必ず同じ人がお参りに来られる。本堂から持仏堂へ移動する時に入れ替わりで毎朝で逢う。タイミングが良いと挨拶を交わす。

午前中3人でお参りをさせて頂いた。午後よりは来客がぼちぼちと来られ夕方落ち付く。今日は忙しくて母の誕生日の挨拶に行く事ができなかった。明日は遅くなっても母に会いに行く。今日も気が付いたら日が沈み気持ちは有っても、母の所へ行く事ができなかった。

母の膝の上を遊び場として育った子供は母の温情を今でも覚えている。一人布団の中で涙することもある。「お母さん、ごめんなさいね」って母にいつも詫びて暗い天井を見つめて目が冴えることもしばしばだ。お母さん、有難うございます。これからも努力をしますので私の事を忘れないで欲しいです。そしてお誕生日おめでとう。
■3/2       高野山参詣
午前中、中京競馬場の馬頭観世音菩薩供養祭。当寺の馬頭観音様が中京競馬場に祭られており毎回国営競馬の折りはお詣りに出掛けて馬事の安穏を祈願する。今週末から競馬が始るという事だ。交通渋滞が始る事が頭が痛い。

高野山へ日帰りでお詣りに出掛けてきた。高野山は既に春の装いをしていた。とは言え山頂の木々には雪が残り春とは言え風は名のみの冷たさであった。毎回奥の院裏の小川に行く。土手を降りると勢いよく水が流れている。先月訪れた時の、雪と氷の間に注ぐ川の流れではなかった。雪解けの水が春の訪れを告げるように勢いよく流れていた。雪はまだあるがその下からは青々とした草が頭を上げていた。何でも辛抱だなっと感じながら土手を上って奥の院御廟へ参詣を済ませた。引き続き当寺のお墓もお詣りを為す。高野名物の生の胡麻豆腐を求めて和歌山の親戚にお見舞いに立ち寄り午後10時頃帰寺する。