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名古屋の天気予報
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平成20年3月住職備忘録
平成20年度年間予定表

■3/31       お詫び
3/19から31日まで入院をしておりました。完全ではありませんが本日退院をしてきました。お彼岸法要の前日であり申し訳ない気持ちで一杯であります。

世話人会や多くの檀家さん、お寺の人たちにご迷惑をお掛けしまた。すいませんでした。
■3/16     楽しいかった春の宵
夕方友人から電話を貰った。「今日夕ご飯家にこない」と誘われ、お言葉に甘え夕刻にお邪魔させていただいた。実は或る方から濁酒の生を頂いてそれを味見しながら楽しく一時を過ごそうと言う事での今日となった。

この濁酒は多治見の銘酒「三千盛」のどぶろく。「住職!今期最後のドブロクです。飲んでください」と何時もご好意を頂いている方からのお酒。このお酒は口当たりがとても良いので飲みすぎてしまうのです。友人宅の食卓の上にはこのドブロクとすき焼きや天麩羅、お寿司の盛り合わせが用意されていた。細君と家内が台所でゴソゴソ。友人はベランダの冷蔵庫から色々なお酒を運び出してくる。私は居間の机の前にデェーーンと構えてこのドブロクの栓を抜いてコップに注ぎ乾杯の準備をした。

色々な手作りの食事を味わい楽しい話題に花が咲き気がついたら11時過ぎとなっていた。彼の細君はこのドブロクを「美味しい、美味しい」とグイグイと召し上がる。友人と私は「ビールだ、泡盛だ、ワインだ、ドブロクだ」で相当酩酊してしまった。長居をお詫びして片付けようとすると「遅いしスグ片付くからそこまで送るよ」って言って下さった友人夫婦。4人で春の宵、鼻先を春の湿り気が微かにかすめ、街路灯の明かりが暖かそうに私たちを照らし出してくれている、健康で平和でささやかな幸せであればこれ以上の幸福は無いなと思いながらお寺まで帰りました。

今日一日忙しかったです。明日、ちゃんと起きれるか自信はありません。「冷酒と親の意見は後から利いてくる」・・・亡父の口癖でした。
■3/14 小雨       市老人連合会慰霊祭
例年の慰霊祭を行う。150名ほどのご参集を頂き盛大な慰霊祭であった。私は他用にて今年も導師を勤められなかった。

日に日に春めいてきた。今年は少しその足並みが早いような気がする。もうスグ、春彼岸法要。実質的な一年が始まる。沢山の檀家さんたちのお顔を半年振りに一堂でお会いできると思うと、私の一年の始まりのような気がします。
■3/9     
春らしくなってきた。ウグイスも今年はきれいな声がお寺の境内に響いている。昨日は今期最後の枝垂れ桜の移植工事が為されていた。石庭の土手にどっかりと鎮座した枝垂れ桜。花芽も一杯付いているのが、あまり張り切って花を咲かせないで欲しい。ボツボツと生育して3〜4年後に立派にお花を咲かせてお参りにこられる人達の目を楽しませてくれたら幸いです。

予定が多くお昼すすぎまで忙しくしていました。夕刻より寺務所の清掃とパソコン関係の環境整備をして一日を終えました。パソコンは便利ですが・・長時間座っているとやはり目に余り良くはないですね。と言ってパソコンが無いと不便です。

明日は僧侶方がお休みですので、私一人であちこちとお参りに伺わせていただきます。また色々と環境班や寺務方からの依頼事項もあるので諸事を片付けて一日を終えるつもりです。明日も暖かそうな日和であればよいと思います。
■3/8 晴れ       
今日は一日忙しく過ごさせていただいた。午前中は遠方でのご法事がありお昼御飯まで頂いて故人を偲ばせて頂いた。お孫さんにプレゼントしたクラリネット、お亡くなりになって数日後に楽器店から届けられたクラリネット。今日は会食時に『千の風』を演奏してくれた中学一年のお孫さん。とても思い出深いご法事になりました。

午後よりはお参り大好き先生の例年の医院物故者慰霊祭を行わせていただいた。もうソロソロ来られる頃と受け付けの方に「先生のベンツが来るので境内のゲートを上げてください」と伝えて来客の方が辞したので玄関までお見送りをした。そこへ先生がニコニコしてお越しになられた。「先生やけに早いじゃないですか」と言うと隣には奥さんがおられた。いつも若先生とお越しになられるのだが・・・イスだから安心と言うことでお越しになられた。今年で45回目の慰霊祭。

このお参り大好き先生は本当に良くお働きになった。救急医療が未整備の頃は殆どの救急車を受け入れられていた。私が受験勉強をしていると一晩に何度と無く救急車が先生の病院へ滑り込む。夜の9時、11時、2時そして明け方4時ごろ・・・そして9時からの診察、往診、午後5時からの診察、お人柄が良いので医院は押すな押すなで大盛況。いつも八時半ばまで診察をされていた。そして毎夜毎夜の救急車。まだ若かった私でも「先生は一体何時寝るのだろうか?」と思ったほどだ。先生は面倒見が良くて近所の医大の講師まで午後の時間に行っていたほどであった。

今、救急車でたらい回しになって不幸で残念な医療の現実があるが、このお参り大好き先生のつめの垢でも煎じて飲んで欲しいくらいだ。「僕は80過ぎちゃった。」と昨年私にっていた。歳は80歳だろが私にとっては若々しい40歳代の先生のイメージしか私には沸きません。何時までも現役で頑張ってほしいです。
■3/6 晴れ       あぁ 郵政民営化
お彼岸の御案内が遅れている。原因は郵政民営化による事務書類フォームの廃版が原因であった。思いもよらなかった事件でした。通常は二月月末の頃から着手してお雛さまの頃に発送していたのだが・・・

最近の郵便局は、と言ってはいけないのでしょう、何だか複雑で今までの都合が通じなくなっている。お寺では年間に沢山の郵便物を発送している。その都度、郵便物を取りに来ていただいたのに「今度からは頂に行くことができません」と断られてしまった。特定郵便局は郵便物を集荷したりするときには運送業の免許が必要になり町の小さな郵便局には、免許取得が困難なので断りの返事を頂いた。本局では「お電話一本即参上します」と元気の良いご返事を頂いた。

また郵便局に電話すると、振込みの事は郵貯銀行、別納郵便のことは郵便?係り、で何かと以前とは勝手が違いすぎる。知らずに電話をすると新しい電話番後へかけ直さなければならないです。隣の部署なのに電話を回すことは別会社として困難なことだと言われました。料金受取人払いという番号を貰う申請をしても既に10日以上過ぎても何の連絡も無いのです。しびれを切らして電話で問い合わせると「後から連絡します」と言われ、夕方に再度連絡してファックスで詳細を連絡いただきました。未だに受取人払いの番号を記した書類は来ていません。

まぁ、そんなこんなのバタバタでやっとお彼岸等の案内状が出来上がりました。明日は女性世話人会の人たちが来て封緘をしてくださいます。思っても見なかった郵政民営化の余波を今年は受けてしまいました。何事も速めハヤメの準備が必要ですね。とも角、今回は参りました。
■3/4 晴れ       
忙しくてhpを更新しないでいた。夜になると直に寝てしまいます。昨夜も8時半ごろには就床し、突然の電話に飛び起きては応対をさせていただいています。

環境班(お寺の掃除や境内の維持管理係)の人たちと先日移植された枝垂桜の手入れをした。バクテリアを利用して土壌の改良、木々の活性化を図る薬剤を撒く。水道水をかけるとバクテリアが塩素成分により死滅するので数日間は注意が必要との事。そして枝垂桜のお水やりは大きな水槽タンクを求め、貯水槽の水を汲み出して桜のそばに設置したタンクに貯留し『ポタリ・・ポタリ・・』と滴が垂れるように水遣りをしております。要は土がいつも湿り気程度の潤いが適切な水遣りの方法と、専門家に指導を得たのでこの方法を施工した。

今週中にもう一本の枝垂桜の大木が来るのでその場所の準備も行った。花みず木も数本、来週から搬入されるのでその移植場所の用意も必要となってくる。植木屋に任せればよいのだが・・・まぁ、費用もかかるし、特別の愛情や思いもあるので環境班の人たちと力を合わせて頑張っています。
■3/3 晴れ       愛しているわ??
数日前の出来事でした。お参りに出かけ色々なお話が出ました。ここのご主人は昨秋お亡くなりになりお葬儀を挙げさせていただきました。お亡くなりになったご主人は私が子供の頃から良く知っていて「俺が死んだらチーーンで良いからお経を頼むな」と口癖に言っていた方であった。タバコ好きで昔気質で、面度見がよく曲がったことが大嫌い。見栄っ張りの大酒のみ。家の中では独裁者であり何かとご家族の方も大変そうでもあった。

『今はね、旅行にも遊びにも行ってるのよ、住職』と言う。『もう良いよな、断りも要らないし何時に帰ろうと勝手だしな』と言うと『この写真チョッと見てチョ』っと鳥羽やハウステンボスへ行った写真を見せてくれて楽しそうにお話してくださった。『デモね、お父さんは死ぬ前に私の手を握って「俺お前を愛しとった」って言ってくれたよ。私はそれ聞いて今までの何もかもが水に流せれてとても幸せ』っと我侭な亭主に手を焼いていた頃の愚痴話が嘘のように私に切々と語ってくれた。『「オレ、お前を愛しておった」っか、女ってその言葉だけで幸せになれるなんて良いな、私もどっかで使ってみようかな?』と言ったら「何いっとるの!駄目だよ」と笑って返事をされた。

お寺へ帰り環境班の人たちがお昼休憩をしている中に入り込み数日前のこのお話をした。口々に「オレはそんなこと言えんなー」とか「有難うも俺は言ったことはない」「有難うぐらいは言うじゃろ」「オレお前を愛しとったと言ったら『あんたどうしたの?』と絶対言うだろうな」とか皆で色々な話が出てきた。

「時々練習していないと肝心な時に口には出ませんよ。死んだ後までゴチャゴチャ言われるよりも、惚れ直させてカッコ良い仏にになろうぜ!」と言うと皆さん、納得と笑顔でお昼からの仕事にかかられました。何を思って仕事をしていたかは・・・・分かりませんが・・・。