住職備忘録
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2002〜2009
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平成26年3月分

非営利斎場「六波羅蜜会堂」の動画です
 ご覧下さい

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当寺のご近所でケアtaxを為されておられます。ご紹介を申し上げます
CareTaxiれんげ

■ 3/21     彼岸法要    
とても良く晴れた日でしたが寒かったです。昨年の彼岸会は暖かく穏やかでしたが今年は底冷えがしました。本当に多くの方のご参詣を頂き、寺側も細心の注意とミスのない準備を毎回経験しているので、何とか無事に終える事が出来ました。当日の様子です。
新たになった高徳院本堂屋根
お申し込み霊位の読み上げをする私
多くの方のご焼香
あと少しで枝垂れ桜が開花します
私の挨拶(緋袈裟は還暦により着用)
彼岸塔婆や回向証のお渡し 大混乱でした
外では世話人会の「白玉ぜんざい」のお接待
本堂も絵になると言える出来上がりです
私の元気が何時までも有れば良いのですが
生まれた時から「老と病と死」はセットになって生まれてきました
生きている内は全力と最善を尽くして寺のため努力をしますが・・・歳には敵いません
高徳院環境班
緒方、出口、小宮、和田、堀木、私、半日のあっという間の作業でした
先日植えた竹田宮殿下 脇で並ぶ参詣の方
■ 3/20     入院見舞い    
親しい方の奥様が入院されてしまいお見舞いに出かけました。言葉を失ってしまい以前の奥様と様子が違ってしまいました。私は以前と何も変わらない私で接しました。病室に入り顔を眺めて「元気かい?今回はしまったな〜」「散々な事だけどまた元気になったら沖縄行こうな」とかお話をすると目から涙を流し何だか私が解るみたいでした。右手が動かないので腫れ上がり左手で手を動かしていました。看護士さんや他の家族の方と少しお話をして「それじゃ帰るから」と言うと言葉にならない声で「ありがと」とかすかな声が聞こえました。家族の方も私も驚きました。
帰る道すがら、健康になれるように祈ってお寺に帰りました。先月の沖縄旅行を本当に楽しみしていた方でしたが・・・残念の一言です。
■ 3/19     竹田宮恒徳殿下お手植えの松 再植樹    
昭和16年三笠宮崇仁殿下並びに竹田宮恒徳殿下高徳院へご参詣を頂きました。詳細な日時は現在史料を手許に置いていませんので記す事は出来ませんが以前、寺の応接床の間にご来臨時に賜りました「雀の刺繍」が額に掲げられ「御菓子料」の袋が同じように飾られていました。記念のお手植えの両殿下松は私が子供の頃からの見慣れた松であり、木製の表示板はシロアリや風雨に何度も壊れて倒れて、その都度亡父が立て直しておりました。平成10年頃のきゅうり祭り直前、スズメバチの巣が竹田宮殿下側の松に有る事を参詣の方より注意され私は駆除のためタオルに石油を湿らせ火を付けてハチが巣から出てくるところをボロボロと落として大きくなった巣を除去しました。松に熱が直接振れたのが原因と、当時大流行して寺の松も今は一本を残すのみに松食い虫の虫害で、秋風の吹く頃には赤茶色にと化し枯れてしまいました。寺の重機で掘り起こし焼却処分として20年近い歳月が過ぎてしまいました。心残りであり、鹿児島県や至る所で宮様の松を見ると何とか再移植を想っていました。

お彼岸と本堂屋根銅板工事を記念して、思い切って宮様の松を再興しました。お手植えではありませんが、過去には現存しまた、隣には三笠宮殿下の松が残っており、この度の運びとなりました。写真で様子をアップします。
稲沢から届いた高価な松
予め根を掘り空気と水遣りのパイプを設置しておきましたので
すぐに移植が出来ました。水遣りパイプからはタップリの水が根深くに届きました
3名の環境班が石組みをしてあっという間に花壇は完成
十数年ぶりの両殿下松が境内にならび私もホッとしました
■ 3/12       楠とドングリの大木を伐採
残念な事ですが本堂脇の楠、境内参道のドングリ、両方とも大きな木ですが伐採をしました。今から30年ほど前は両手の指で輪が出来るほどの太さでしたが大木となりました。残念な事に、本堂の屋根には大変な悪影響が以前からあったのです。落ち葉が屋根に堆積して腐り、雨漏りや瓦の劣化を招く大原因でした。今回新たに銅板屋根で耐震、軽量化を図りましたが銅屋根に対し樹液は大変な悪影響を及ぼすというのです。何となく解るような気がします。お寺の木々の元に駐車をするとフロントガラスから塗装面まで季節によりベトベトとなります。拭き上げるだけでも大変です。

また「ドングリ」の伐採も安全上致し方なかったです。里山の代名詞「ドングリ」ですが・・・太く硬いドングリの木も幹に以前「ナラ枯れ」が始まり急いで防虫の薬を境内殆どのドングリの木に施しました。ナラ枯れ? 夏過ぎに突然、ドングリの葉っぱが大木一本が瞬時に枯れてしまう樹木の病気なのです。小ハエのような虫がバクテリアを運んで、幹の2M前後の高さから下に穴を開けて潜り込み木くずを出して住み着きます。ドングリは夏場、水を吸い上げるのですが、よりによって水を吸い上げる部分が虫のバクテリアによってカビが繁殖して樹木の吸水が止まり、突然葉っぱが枯れて次第に倒木するのです。

幸いにナラがれは一時的に収まり次第に回復して元の樹精に戻りましたが・・・虫が大量に穴を開けた部分より傷を広げて半分ほどが腐ってしまっていました。以前にも同様の被害があり放置していて台風時、強風と雨による過重量で夜中に倒木しました。幸い何も損害はなく環境班と私とで処理を終えましたが・・・・今回伐採したドングリは参道に近く台風による倒木を考えると判断は倒木となりました。楠とドングリの倒木は業者に、枝や幹の処理は私たち。少し自慢をさせて頂くと素人の私たち環境班は、プロの職人さんを追うほどのチームワーク、時間での追い上げ、仕上がりの綺麗さ、効率では抜群も群を抜いて秀でていた。これは私も作業の中に入って感じた事であり、そばでボンヤリ眺めていた感想ではないです。

ささやかな慰労会を行いアルコールも入りました。誰とはなく「木の上で伐採した職人さん、僕たちに追われていたな」「住職さん、私達だったら午前中に全部終わっていますよ」「俺たちの方が無駄な動きがなく追い込んでいたよな」「あの楠とドングリ、枝や葉を処理できる機械があるのはお寺では高徳院だけだ」「気持ちが良いって事はこれだよな」・・・色々な話が一杯のんででてみんな上機嫌で伐採終了の一日を終えました。
本堂南側の楠・・・重機で小分けして伐採しました
慎重に伐採を行う
境内に降りた楠の大木・・・後は環境班が綺麗にかたづけました
■ 3/8       本堂屋根も殆ど出来上がってきた
昨年8月3日から着工していた本堂銅板屋根工事も何とか春期彼岸会には間に合うようなってきました。色々と有りましたが少しホッとしております。以前、名古屋で有名な米屋さんから忠告を受けた事がありました。「雨漏りは天気の良い日に行う」と達筆な文字を速達で送って下さいました。「速達の安っさん」から書面でした。雨漏りどころか自壊寸前でしたが何とか運良く銅板に替える事が出来た事は運の良さとしか言いようがありませんでした。今日の様子です。
本坊から眺める
仮設に登って写真を写す
全て富山県高岡市からの鋳物(外国製に非ず)
仮設払いと、春を待つばかりです
■ 3/1       世話人旅行会より帰寺
本当に久しぶりの飛行機に乗った世話人会旅行を行った。行き先は沖縄の石垣島及び周辺諸島であった。連日好天に恵まれて暑い毎日を過ごしました。北の北海道では雪祭り、南の果てでは海開きと南北に長い日本列島を実感しました。若い頃には壁であった寒暖の差に身体が慣れるまでに時間がかかりましたが皆さん元気いっぱいで過ごす事が出来ました。
小浜島にて 「19の春」を引いて皆さんと合唱しました
石垣島から小浜島 海は光り輝き太陽はジリジリ
琉球の生活を伝えるような所でした
伝統衣装を着けてパチリ
静かな静かな竹富島
星の砂が見つかる海岸
水牛にも乗りました・・・以前の世話人旅行会で二度目です
安里やゆんた・・・ノンビリした良い雰囲気でした みんな手拍子
星野リゾート 石垣島
マングローブの林へ
東シナ海へ沈む夕日を眺めました
お終い